メンバー・レポート 
災害と「やさしい日本語」

  • Qねっと関西のメンバーの老邑敬子は、日本語教師・「やさしい日本語」指導者・防災士という肩書を持っています。災害時に、情報を伝えるために生まれた「やさしい日本語」について解説します。

 
災害と「やさしい日本語」   

                                                               Qねっと関西 老邑敬子

 
 
 はじめに
 
 「NPO法人Qねっと関西」の第一の役割は、臨時災害FM局の立ち上げを支援することですが、さらに、「どのように伝えるか」にも、手を差し伸べたいと考えています。そこで、私たちは情報保障の手段としての「やさしい日本語」に注目し、普及と啓発に取り組んでいます。「やさしい日本語」とは、伝わりやすくするために、文法や語彙を工夫した日本語のことです。この”やさしい”には “分かりやすい”という意味と”親切な”という二つの意味があります。
 
 1995年1月に阪神・淡路大震災が発生した際、関西で生活する多くの外国人が、様々な災害に関する言葉を理解できなかったため、「情報弱者」になってしまいました。これをきっかけに、「どうすれば日本に住む外国人に災害情報をうまく伝えることができるか」という研究が、弘前大学で始まり、外国人に「警告」や「災害情報」「ライフライン情報」の提供を目的に考えられたのが「やさしい日本語」です。
 
 
 1 減災としての「やさしい日本語」
 
 阪神・淡路大震災では、外国人被災者は、「避難所」や「給水車」「炊き出し」などの、普段の生活で出会うことがない言葉が分らず、被災者として十分なケアを受けられませんでした。「やさしい日本語」では、避難所を「にげる場所へ 行ってください。 ○○小学校です」、給水車を「〇時に 水を のせた車が きます。 水を もらえます。タダです」、炊き出しを「温かい 食べ物を くばります。タダです」 (後述の「やさしい日本語の作り方」に沿って、分かち書きにしています。) などと言い換えます。そうすれば、「分かる」という外国人の数は、4倍以上に増えるとされています。 (弘前大学調べ)、最近は放送局でも、「至急非難」と表現している津波情報に「すぐに にげて!」と合わせて記し、より分かりやすく伝える工夫をしています。
 
 「やさしい日本語」は、徐々に社会的な広がりを見せていましたが、東日本大震災の際、「津波が来ます。タカダイへ逃げてください」と地区の防災放送が繰り返され、それを聞いた在住外国人が、「タカダイ」を「タカダ」と勘違いし、陸前高田に向かったため、津波の被害にあってしまいました。「大きな 波が来ます。高いところへ 逃げてください。 山へ 逃げてください。海へ 行かないでください。」と「やさしい日本語」でも合わせてアナウンスされていたら、外国人だけでなく、すべての人にわかりやすい情報となったと思われます。「やさしい日本語」について、さらなる日本人への周知と理解が必要です。
 
 
 2 「外国人=英語」の思い込み
 
 ①のグラフが示すように、現在、日本で暮らす外国人の8割以上の母語は、英語ではありません。生活の中で使う頻度が高く、多くの在留外国人が理解できるのは、英語ではなく、実は日本語です。7割近くが日本語を「聞く」「話す」なら出来るというデータもあります。日本人と外国人の双方にとって取り組みやすく、時間をかけずにコミュニケーションを可能にするのが、「やさしい日本語」です。とくに防災、免災、減災などの場面で必要とされているのは前述の通りです。
 
 現在、多くの自治体で、在留外国人のために様々な言語での情報サービスが行われています。このような多言語による情報提供は大変価値のあるものです。とはいえ、日本で暮らす外国人の国籍は190を超え、すべての国の人の母語での情報提供は難しく、まして、混乱を極める災害発生時に、多言語での情報発信は困難といえるでしょう。
 
 外国人、高齢者、障がい者、子ども、観光客など災害発生時に情報入手や避難行動がむずかしい人たちを、「災害時要配慮者」と呼びます。「災害時要配慮者」は、被害を受けやすく、安全な場所への避難行動や、避難所での生活において大きな困難が生じますが、情報伝達や誘導に今までとは違う目線で「やさしい日本語」を活用することで、寄り添うことができます
 
  私たちは、災害時の情報提供において、言語のひとつとして「やさしい日本語」を活用したいと考えています。
 

      

グラフ①  外務省ホームページより 2022.05.01アクセス
 
 3 生活情報のための「やさしい日本語」
 
 2020年8月、出入国在留管理庁と文化庁が、共生社会実現に向けたやさしい日本語の活用を促進するため、「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を公表しました。
 このガイドラインでは在留外国人が、災害時のみならず、普段から安心、安全に暮らすための「やさしい日本語」の活用方法が示されています。(イラスト 出入国管理庁HPより)
 
 災害時、外国人への災害情報の提供をきっかけに生まれた「やさしい日本語」ですが、年齢、障害の有無を問わず、共生社会、高齢化社会で生活や交流に生かせる、「バリアフリーのことば」として、注目が集まっています。やさしい日本語は決して外国人のためだけのものではないのです。共助を目指すこれからの日本社会にとってのマストアイテムといえるでしょう
 
 Qねっと関西では、いつ、どんな場面でも、どんな人にでも伝わりやすい「やさしい日本語」を、ユニバーサルな情報伝達ツールとして、理解を深める活動を行っていきたいと考えています。 
 
 
 4「やさしい日本語」の作り方
 
 「やさしい日本語」と言っても、実際に話すのは、そう「やさしい」ことではありません。日本語が分かりにくい人に通じるように話すには、工夫や配慮が必要になってきます。言い換えには、いくつかのコツがありますが、「はっきり、さいごまで、みじかく」の頭をとって「は・さ・み」で、といわれています。日本語の大きな特徴として「あいまいな表現が多く、最後までいわず、1文が長い」という要素があり、これが、日本語を分かりにくくしています。この「は・さ・み」を心掛けるだけでも、間違いなく理解が進みます。
 
 たとえば、「私は高所恐怖症です」と言って、通じないときは、「高いところが こわいです。きらいです。」と平易な言葉で具体的な言い回しをします。、「この条例は、動物の愛護および管理に関し、必要な事項を定める」 という公的文書は、「動物を 育てるための 町のきまりです。このきまりを 守って、迷惑をかけません。動物にやさしくします。」と、言い換えます。
やってみるとわかるのですが、”かんたん”に言い換えるのは意外と簡単ではありません。
たとえば、「育休中です」は、どう言い換えますか。
「会社の制度で…」「6か月休みます」などという言葉が浮かんでくるかもしれません。これは、「赤ちゃんが います 今 仕事を 休んで います」というように言い換えるとわかりやすいでしょう。
 
 以下は、弘前大学の作成した「やさしい日本語」作り方ガイドラインの抜粋です。こちらは話し言葉だけでなく、書き言葉も意識したもので、さらにわかりやすくするための、具体的な内容が示されています。
 
「やさしい日本語」作り方ガイドライン

  • 難しい言葉を避け、簡単な語を使ってください
  • 1文を短くして分の構造を簡単にします。 文は分かち書き(文節で切る)にして、言葉のまとまりを認識しやすくしてください
  • 災害時によく使われる言葉、知っておいたほうが良いと思われる言葉はそのまま使ってください
  • カタカナ・外来語はなるべく使わないでください
  • ローマ字は使わないでください
  • 擬態語や擬音語は使わないでください
  • 使用する漢字や、漢字の使用量に注意してください。すべての漢字にルビ(ひらがな)を振ってください
  • 時間や年月日を外国人にも伝わる表記にしてください
  • 動詞を名詞化したものはわかりにくいので、できるだけ動詞文にしてください
  • あいまいな表現は避けてください
  • 二重否定の表現は避けてください
  • 文末表現はなるべく統一してください

現在、言い換えマニュアルや、語彙の難度を確認するためのアプリなどがあり、実際に書き換える人が使えるよう手厚く整備されています。
 
 上記の「は・さ・み」の法則や、ガイドラインに則って、地震発生時のアナウンスを「やさしい日本語」に言い換えると、次のようになります。
 
書き換え/言い換え例 
  【普通の日本語】 
   けさ5時46分頃、関西地方を中心に広い範囲で強い地震が    
   ありました。大きな地震のあとには必ず余震があります。
   引き続き厳重に注意してください。
 
  【「やさしい日本語」】
   今日 朝 5時46分、 関西地方で 大きい 地震が ありまし
   た。 大きい 地震の あとには 余震 あとから くる 地震があ 
   ります。 気をつけて ください。
 
 
 終わりに
 
 災害が発生した直後は、防災無線や消防などの広報車、コミュニティーFMなどから伝えられる音声を使った情報が大変重要です。インターネットでの情報収集はもちろん有効ですが、同じ時間に、多くの人が、同じ情報を、瞬時に共有できる、という特性とメリットは、他に代え難いものです。
 
 「やさしい日本語」を、ユニバーサルな情報伝達ツールとしてご紹介しましたが、残念ながら誰にでも伝わる魔法のことばではありません。日本語をまったく知らない人には使えませんし、法律や医療などセンシティブな内容は、母語通訳を介することが原則です。
少し日本語が分かる人、聞き取り、読み取りが不自由な人にとっての伝達手段であることをご理解ください。
 
Qねっと関西では、すべての人に情報が的確に伝わることを目指し、「やさしい日本語」に取り組み、だれ一人取り残さない情報伝達を目指します。

以 上

 
 
 

Qねっと関西メンバー
老邑敬子 (おいむらけいこ)
やさしい日本語指導者・ 日本語教師

 
 
《参考文献》
「やさしい日本語」は何を目指すか 庵功雄 イ ヨンスク 森篤嗣 編  
2013年  ココ出版 
 
入門・やさしい日本語 吉開章 
2020年 アスク出版